静岡地方裁判所 昭和26年(行)17号 判決 1955年6月24日
原告 山崎昇 外一名
被告 静岡県知事
補助参加人 熱海市熱海農業委員会
主文
静岡県農業委員会が昭和二十六年八月二十八日付静農委指令第三七号を以て別紙目録第一、第二、記載土地についてなした自作農創設特別措置法第五条第五号の指定を取消す処分を取消す。
訴訟費用中原告等両名と被告との間に生じた分は被告の負担とし、その余は補助参加人の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、一、静岡県農業委員会が昭和二十六年八月二十八日付静農委指令第三七号を以て別紙目録第一、第二、記載の土地(以下本件土地という)についてなした自作農創設特別措置法(以下措置法という)第五条第五号の指定を取消した処分の無効であることを確認する。二、予備的に右処分を取消す。三、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求の原因として別紙目録第一、記載の土地は原告山崎昇同目録第二、記載の土地は原告山崎きみ子の所有地であるが、静岡県農業委員会は昭和二十三年六月一日静農委指令第一七号を以て右土地に対し措置法第五条第五号の指定をなし、昭和二十六年八月二十八日これを取消し、これは同年十月六日原告等に告知されたが、右取消処分は次の(二)(三)の理由により違法であり、これは無効原因に該当する。仮りにそうでないとしても取消原因に該当する。而して原告等は左記(一)の理由により訴の利益を有するものである。
(一) 本件土地に対しては、自作農創設特別措置法及び農地調整法の適用を受けるべき土地の譲渡に関する政令(以下譲渡令という)第二条第一項第一号に該当するものとして、同令による譲渡計画がたてられ、昭和二十七年四月一日付譲渡令書が交付され、原告等はこれに対し訴願を提起しその係属中である。
(二) 昭和二十二年中熱海市熱海農業委員会は、本件土地に対し措置法に基く農地買収計画をたて、原告等はこれに対し異議申立をなしたが、容れられなかつたので静岡県農業委員会に訴願を提起したところ、同委員会は措置法第五条第五号指定相当地と認めて原告等の訴願を容認すると共に、これに基いて昭和二十三年六月一日静農委指令第一七号により本件各土地に対し措置法第五条第五号の指定をなした。このように本件土地に対する右指定は、合議機関が訴願の裁決という争訟の審理において確定した判断に基くものであるから、これを取消すことはできない。
(三)(イ) 本件土地は、隣接地と共に原告等が観光遊覧地並びに保健地として利用するために昭和七年頃土地開発を計画し、昭和十五年三月八日静岡県指令14山第一二九三号により宅地造成の許可をうけ、爾来宅地の造成を進め、熱海市の市街地からの道路築造も略完成し、本件土地に近い熱海市伊豆山字吾妻千六十三番地の二十八において、昭和八年以来温泉試堀をなし、昭和十九年五月十五日試堀尺数八百七十六尺六寸の処に地下温度約五十五度を認め、温泉湧出の確証をえていたのであるが、太平洋戦争のため一時計画を中止し、その間食糧事情の悪化のため右土地の旧所有者等が点々と耕作し、原告等も強いてその排除を強行しなかつただけで、熱海市の特殊事情も考慮のうえ、正当にも前記指定がなされたものであり、(ロ)このような事情はその後も存続するだけでなく、むしろ促進されているのであるから、これを取消すことはできないと述べ、被告及び被告補助参加人の主張に対し本件指定の行われた当時の農地委員が職務に関し刑事上の処分をうけたことは認めるが犯罪事実は本件と直接関係のないものであるからこの点に関する主張は理由がないと附陳し、次に補助参加人は元来被告のなした指定又は取消について不可抗争的な立場におかれているので、取消により補助参加人が買収をなしうるとしても、これは反射的効果にすぎず、行政事件訴訟特例法第十二条の拘束力によるのではないから、参加の利益がないので、参加について異議があると述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は、原告等の請求を棄却する訴訟費用は原告等の負担とする旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中本件土地の所有関係、措置法第五条第五号の指定及びその取消の経緯、(一)の事実及び原告等が宅地造成に着手していたことは認めるが、その他は否認する。次の(1)の理由により原告等には訴の利益がなく、仮りにそうでないとしても次の(2)(3)の理由があるうえ(4)の事情があるので被告の取消処分は正当である。
(1) 措置法は廃止せられ、同法第五条第五号の指定は農地法施行法第八条第三項により農地法第七条第三項の指定と看做され、昭和二十八年十月二十日効力を失つた。また、本件取消処分に存する瑕疵は、譲渡令書の交付に対する訴願手続においても主張しうるから、原告等の主張する(一)の事由があつても訴の利益はない。
(2) 本件土地は熱海市街の家屋密集地からはるかに離れた山間の高地に位し、訴外吉沢林造、吉沢光五郎の二専業農家が数十年来耕作に精進している耕地で、右耕作者の耕作面積の約三分の二に相当するものであり、前記指定の要件がないのに、原告等が昭和二十三年頃から温泉試掘を華々しく再開したこと、原告山崎昇が「温泉試掘認可を経て内一本は工事略完了して水熱六十五度の温泉の掘さくに成功した」との申出を信じたために、宅地化を相当として、その指定日である昭和二十三年五月三十一日から近い期間である同年八月二十日までに工事の進捗されるべきものとの見解を表示して、指定をしたものであるが、事実は温泉湧出はなく、温泉試掘の許可申請さへなかつたものである。
(3) 右のように指定の最も重要な事由となつた温泉試掘工事は、指定後三年余を経過してもその目的を達せず、試掘地及びその附近の住家は荒廃し、著しい事情変更がある。
(4)(イ) 本件指定は当初「昭和二十三年八月二十日までの本件使用目的変更工事進捗の状態により本委員会は本指定を取消すことあるべし」との附款があり、原告等もこれを知つているので、指定により原告の受ける利益は撤回されることは予想されたものである。
(ロ) 右指定に関与した担任の県農地委員が指定当時職務に関する罪を犯した。
(ハ) 前記吉沢林造、吉沢光五郎の二世帯は、本件農地を失うことにより生活を脅かされると述べた。
被告補助参加代理人は本件土地は補助参加人の管轄区域内にあつて、行政事件訴訟特例法第十二条により本件判決に拘束されるから本件補助参加の申立に及んだ旨並びに被告訴訟代理人主張の右(1)乃至(4)と同趣旨の陳述をなした。(立証省略)
理由
補助参加の申立に対する異議について。
補助参加人の主張はすべて理由があるので、補助参加の申立を適法と認めこれを許容すべきものとする。
訴の利益について
原告の主張中(一)の事実は当事者間に争いないところであり、而して行政訴訟の判決は行政事件訴訟特例法第十二条により関係行政庁を拘束するから、原告等は本件について訴の利益を有するものというべきである。
原告の主張する(二)の違法事由について
農地買収計画に対する訴願の裁決と農地に対する措置法第五条第五号の指定とは別個の行政処分であり、前者の処分に拘束力があるからといつて、これと単に事実上関聯があつて同一判断に傾き易いというに止まる後者の指定処分にはこの拘束力は及ばないので、原告等のこの点に関する主張はそれ自体理由がない。
原告等の(三)の(イ)の主張について
成立に争いのない甲第二号証の一、証人勝山憲三、大川宏三の各証言、検証並びに原告山崎昇本人尋問の結果によれば、原告等主張通りの事実が認められる。而して本件にあらわれた全証拠を斟酌するも本件土地が熱海市街地から稍離れた高地にあることが認められるに止まりその他の被告の(2)において主張するような事実を確認し難いから、措置法第五条第五号による本件指定が違法であるとの被告の(2)の主張は理由がない。
原告等の(三)の(ロ)の主張について
前記各証拠によれば、本件指定当時と右取消当時において変つていることは、土地の明渡交渉が続けられていたため、主として風雨等による損傷のため、動力用引込線、試掘用電動機、試掘用やぐらが取去られたことが認められるのみであり、また指定当時温泉試掘工事が進行していたとも認められず、(この点に関する乙第一号証の一は前記各証拠と対照する時措信し難い)他にこれに反する証拠はないので、被告が(3)に主張する取消原因に該当する事情変更は存しないものといわざるをえない。
尚被告及補助参加人は本件指定の取消を正当ならしめるものとして(4)の(イ)(ロ)(ハ)の事実を主張しているのであるが右は単に取消をなすに至つた事情に過ぎないものであることはその主張自体明かであるから仮に、かゝる事実があつたとしてもこれをもつて直ちに本件取消処分を正当となすをえないことはいうまでもないところである。
そうすると本件取消処分はひつきよう取消原因なくしてなされたもので、まさに違法であり、これは無効原因には該当しないが、その取消を求める原告等の予備的請求を理由あるものとしていずれも認容すべきものとし、訴訟費用について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 戸塚敬造 田嶋重徳 土肥原光圀)
(目録省略)